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ハイローズ・フィールド

ライフコーチの言の葉

意識が変化していくには道を失うことも必要

 

おとといアカデミックなフォーカシングの場に参加して、とても確信をもったのは、

「ヒトはメタファーを語る時、真実をはなしているんだ」

ということ。

自分の内側に起こってくる感覚を言葉で表現するのはなかなか難しい。でもそれを「たとえ」で「〜〜〜のよう」と話し始めると、伝えることができる。

さらに、たとえ(比喩)で伝えられた時、きかせてもらっているほうは、追体験がおこってくる。自分の経験則に照らし合わせる共感とはまたちがうもの。

自分が相手の追体験を始めることで、自分の中で言葉としての表現が始まろうとし、それを外にだすと理解が深まる。

それは、自分の中から生まれた流れであり、他者からの誘導ではない。

池見陽教授のお話をききながら
そんな内容の捉え方を私はしていた。

それで、テーマは「今年一年は自分にとってどんな年だったか」

じゃぁやってみましょうと実践の場にうつり
「私は・・・・」とD4の臨床心理士さんに話し始めて
自分自身とつながり自己を感じてみると、面白い言葉が出てきた。

「私は、この1年、長い間背負っていた荷物を少しづつおろし、それをすることによって、ただれて荒れていた内臓の粘膜が、ツルんとなってきた。。そんな年でした」

ここからセッションが始まった。
私が具体的になにをしてきたかということは一切話さず、すべてメタファーだった。

話し始めると見えてきた。

「この2年ほどの間、ある目標に向かって、一生懸命研鑽してきたことがあったが、特にこの1年その目標を達成する歩みが苦しくて、とまどい、本当にこれが私のやりたいことなのかとなんども立ち止まることがあった。

そして、1年がすぎふりかえると、目標を達成しようとしている道は、自分の内面の粘膜のただれを癒し、整え、ツルんとした状態になることをしてきたのだと ようやく気付いたのだった。

達成することより、歩んできたプロセスにたいする自分への承認がもててきた。

そうして、まだ目標は達成していないけれど、ちょっとポカーンとしている自分が今います」と話した。

そのポカーンは、不安ではなく「空」であり「自由」なのだ。

それがちょっと嬉しい。

 今朝、ふとデスクの横を見ると「スランプ」の時に自分を確かめる文言集の張り紙が目に止まった。

その中で今日一番自分に響いたのは、

「意識が進化していくには、道を失うことも必要」

という言葉だった。

一度リセットする時って誰にでもあるよね。

そこからまた新たに創っていけばいいや。

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