ハイローズ・フィールド

ライフコーチの言の葉

【やさしさに包まれたなら】


「おかあさん 変わったね」と娘が言った。

先日の三連休は、東京にいる息子と大阪にいる娘が帰省していて、普段いない二人が食卓を囲い、珍しい光景となった。

今までなら、年子の二人は、じゃれ合いつつ、いつの間にかソッポを向いていたが、今回は、ちょっとばかり様子が違っていた。

いつもいる主人と末っ子がいなくて、いつもいない二人が私の側にいるのは、近年にない不思議な感覚だった。

いろいろな噛み合わない出来事が起こる前の、ずっと前の懐かしいようなほのぼのとした感覚だった。

娘は、腰を痛めた私をサポートしようと来てくれていて、ご飯の用意や、家事や、お風呂掃除を瞬く間にやってのけ、その上、嫌気がさしてくる単純作業の入力を、少し手伝ってくれた。

まるで季節外れの母の日みたいだ。

私が普段使っている仕事部屋を息子に明け渡し、PC丸ごと雑務を寝室に移動させて作業をしていると、娘と息子がやってきて、ベッドに寝転がり、いつの間にか中学生時代の昔話になった。

あんなこと、こんなことでよくぶつかって、嫌な思いをしたねと。

あの時、ほんとはどう思ってたの?と。

「でも、悪気はなくって、ただ「こうなって欲しいな」という親としての理想があったんや。

けど、それは親のエゴで、子どもにとっては
自由や主体性をを奪われて、たまらんことやね。

親本位の期待や、自分が親からされてきて嫌だったことを、

正当化してやってたんやね。順おくりの方法で。」

それが当たり前と思い、それが良かれと思って子育てをしてきていた。

今となっては、
「あの時は ごめんね」と素直に謝れる。

娘は、カラカラ笑いとばす。

コーチングに出会って私が変わったことが、辛かった痛い思い出を、
笑い話にかえてくれ、やさしさに包まれた時間になった。

「なによりお母さんがコーチングを学んだことが、一番よかったやん」

「うん。ほんとにそう思う。最近全然イライラしてないやろ?」

「ほんまそう! すごいな。」

責任感や、義務感に縛られていて、ずっと優等生として生きてきていた。

一生懸命頑張っているのに、これが正しいと思っているのに、なんか割りが合わないなぁという充実しない気持ちが渦巻いて、よくイライラしていた。

自分の気持ちが汲まれずうまく回っていかないことを周りのせいにしていた。

自分のやりたいことを自由にしたり、自分にお金を使うことに罪悪感を感じ、つい相手の気持ちを汲み、自分が言いたいことも押し殺し、自分のことを後回しにして、いつも自分の気持ちを辛抱して呑み込んで来ていた。

思えば、幼い頃から、ずっと辛抱してきたみたいだ。

なんのために生きているのか、わからなくなってきていた。

毎日が、シンドかった。

「物の見方や、人への見方が変わったんや。
 
生き方もね。

親の価値観で生きてきていたけど

自分の価値観で生きていいんだとわかったん。

これを”本質的な変化”っちゅーねん。」

「へ〜」

「今は、すごく楽になった。

だから、この経験を活かしたいねん。

自分でも気づいていない色々な固定観念に囚われて

身動きできなくなっている人が、
『そんなこと出来ない!』というのは、思い込みで、

いつからでも人は変われるんだって。

そして、本来の自分をみいだして、自由に楽になれるようにね。」

心の奥にしまい忘れた
大切な箱
開く時は い〜ま〜 ♪